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「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」にみるライトノベルのライブ性

主に川崎の精神安定剤として。その斬るか斬られるかキルラキルかみたいな鋭い視線やめてほしい……。

引用元:ガガガ文庫 やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。8

こういうパロディがあるのだけど出版日を考えると取り入れるのがかなり早い。すなわちライブ性が高いと言える。ネタが分かる時期でないと楽しめない分コンテンツの寿命は減りますねって話。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」は物語の話も面白いし、超絶ぼっちによる解決は結構えげつなかったりするし、すごくいい作品。だけどコンテンツとしてみると寿命は短くなると思う。

見る限り小町が仕組んだことっぽいので恋ではなくたぶんニセコイだな。なら安心。安心して俺のガンダムをビルドしてファイトできるね!

引用元:ガガガ文庫 やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。8

このような最近のアニメや漫画、中に人ネタがかなり多分に含まれている。時代に則したものをいかに早く取り入れてネタにするかみたいになってる。星新一が作品の寿命をのばすため、固有名詞を使わないように作品を修正した(例えば「ダイヤルを回す」を「電話をかける」にかえる)のとは全く逆の構造だ。

考えてみれば5年後に読んで意味わかるかって言われるとちょっと難しいと思う。ネタにしたものが書いてる時点で伝わって面白いだろって感じだから、Twitterで瞬間的に流行るネタに近い。これを一番に楽しめるのは発売されてすぐしかない。
すなわちコンテンツとしての寿命は短い。

この作品読んでて思うのが、地の文のツッコミがかなり一回性が高い存在く二回目以降の読みに関して邪魔してくる。ライトノベルって二度も三度も読むものじゃないからそれは最適化した結果なんだろうけど、いかんせん物語がいいだけに物語だけ見れば物語としての再消費性はある。
阻害しているのは地の文だ。

そこにアニメを持ってきたってのなら、これはものすごくうまい展開だと思う。邪魔な部分を削ぎとってアニメという繰り返し楽しめる媒体に落とし込んだってのは。そうではなさそうだけど。

ただ原作は原作として何度も楽しみたいよねって人は存在して、じゃあそれに対してどうやれば再読性を高められるかを考えてみた。

地の文のツッコミの隠蔽だ。この作品の地の文のツッコミって基本、描写があって、それに対する主人公の考えがあって、ちょっと面白い例えつけて最後にちょろっとついてる。じゃあその最後を取り払えばかなり再読性は高くなると思う。おっさんの面白いは何度も突きつけられるとつらい。

こういうの電子書籍と相性高いと思う。最後のツッコミを取れば読みやすくはなるし物語への影響も少ない。

ラノベって再読性とかありませんよ、どれだけ刹那的に消費してくれて新しいラノベを買ってくれるかですよって考えるとそれにすごく合致した作品なんだけど。こうやって物語もいいですよねって作品が出てきた時も、それに毒されている作品になってしまうのはもったいないと思った。