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動画後のアンケートとコメントと

アンケートの社会的有用性

よく動画後にアンケートが出ておもしろかった?って聞かれるんだけど、これって意味あるのだろうかって話。
おもしろくなかったという投票ができるということは、最後まで見ていたということ。面白くなければ皆さんお得意の「俺切るわwww」が途中で起こるはず。なのになぜか最後まで見てる。 それって最後まで見させる力があったってことではなかろうか。
面白くないんだけどどこか続きが気になる話だったりとか、動画はメディアミックスのひとつであってコンテンツとしての力が強いのかわからないけど。
ヤジ将軍は試合を見なければ仕事にならないという話なのかも知れないが。
考えてみれば90%ぐらいが「とても良かった」を選ぶようなアンケートってまずありえないわけで、4件法5件法辺りを考えるとまあ良かった、どちらでもないが多数を占めるはず。ではこのアンケートは意見を効くというアンケートとしては機能していない。ではどう機能しているのか?
考えられるのは視聴者が参加している感をより感じるための一種のエンタテインメントですと。 僕の私のワンクリックが動画の評価を押し上げたました。高評価は僕らのワンクリックの賜物だと。そこにはある種の共同体が存在し動画見てこのコンテンツ好きなら高評価するよね、みんなそうだよね、ほらそうだ、という相互承認消費が起こる。
アンケートはアンケートとして存在していないのである。

コメントによる動画の定量評価

最近某ナントカナントカの二話が一気にコメントなくなりましたねって話題になった。
某ナントカナントカは一話と二話でほぼ登場人物が交差していなかった。物語最終的にはみんな絡み合うんだろうなといった感じはするんですが、今の視聴者ってそんなの待てないですよね。あまりにも即物的な消費に慣れてしまい麻痺してしまた。明日の面白いより今のツッコミです。
シャフトターンなんてのはもう様式美として確立されてて、歌舞伎なんかで「〜屋!」って声かけるのと概念としては同じものになっている。そういうお決まりがあるとどうやって突っ込めばいいかわかりやすい。なんだかんだいってお決まりってのは強い。
そんなコメントってのは狭隘だけど参加してる感を演出できる。そしてそれは体験だ。
ただそればかりに固執してしまうと内容なんてなくなりますよねと。

てことで動画後のアンケートって意味あるんですかね、コメントにこだわり過ぎても手軽に消費できるものしかできませんよねって話でした。

今季はおっぱいアニメとぱんつアニメで男性声優の凄みを再認識している次第です。